在日大韓基督教会・豊中第一復興教会ようこそ! あなたの訪問を心から歓迎いたします。 환영합니다!

いやしと回復

いやしと回復

ランタナ(クマヅラ科、和名「七変化」)


 エリヤハウスの「祈りのミニストリースクール」を受講しました。学んだことを少しだけ、分かち合いたいと思います。

 私たちの人生にはそれぞれに、たくさんの問題があります。完璧な人間、完璧な人生などないのですから当然のことです。
 たとえば怒りっぽい、NOと言えない、人付き合いが苦手などいろいろとあります。しかしそれらの出来事は、木でたとえるなら「実」であり、実がなるためには、必ず根があります。
 ある人が「主よ、あの人に対して怒ってしまったことを赦してください」と悔い改めるとします。それはそれでよいことなのですが、悪い実を全部摘みとっても、根がある限りまたいつか同じ実がなるように、根っことなる幼少期の傷や罪の問題が解決されていない限り、また同じ問題が起こることになるのです。

  「祈りのミニストリー」は相手の話を聴き、祈りの中で聖霊に聴きながら、根っこが何かを示していただき、十字架の血潮によって癒しきよめていただく働きです。特別な技術や資格を持った者がカウンセリングを行うのでありません。あくまでも聖霊による働きであり、ミニストリーを行う人も祈りますが、本人にも祈ってもらうことが大切だそうです。
 講義の中で最も励まされたことばがあります。
「私たちの人生に起こるどんな出来事でも『なかった方が良かった』というものはない」。
 このことを話された講師自身、自分の辛い過去、家族の難しい関係の中での葛藤、そこからどのように癒され回復されていったかということを赤裸々に話されたので、説得力があります。
 主にあっていやされない傷はない。回復されない関係はない。たとえ罪を犯しても悔い改めるなら赦され、失敗しても立ち返ることができる。何と大きな慰めでしょうか。

彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり/彼が打ち砕かれたのは/わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。(イザヤ53:5)


コメント


認証コード6096

コメントは管理者の承認後に表示されます。

powered by HAIK 7.3.7
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. HAIK

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional