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主が完成される

主が完成される

オキザリス・ボーウィー

 新年、明けましておめでとうございます。
 今年、私たちの教会に与えられた標語は、「信仰の基礎を積み上げよう!」です。

 昨年3月11日、未曾有の大災害となった東日本大震災が起こりました。9ヵ月を過ぎた今なお、あちこちに瓦礫が積み上げられ、その処理方法さえ定かではありません。復興事業に携わる人々、ボランティア、そして何より住民は、いったいこれからどうすればよいのか、いつになったら復興できるのかと気が遠くなるような状況です。

 紀元前500年、神の民であるイスラエルも同様の失望、落胆を味わっていました。約50年の異国での捕囚生活から解放され、喜びと期待にあふれて祖国に帰ってきたものの、彼らを待っていたのは、荒廃した国の現状でした。家もなく、神殿も国家もすべて崩壊していました。どこから手をつけてよいのかわからないような状況でした。
 そんな民に主は預言者ゼカリヤを遣わされたのです。ゼカリヤを通して人々は何よりも神を礼拝する神殿の再建が大切だと気づき、重い腰を上げたのです。しかし、瓦礫を取り除いても、除いてもなくならず、むなしくなるような現実。意味のない作業に思えるのでした。
 そのようなとき、主がゼカリヤを通して「誰が初めのささやかな日をさげすむのか」と語られたのです。主はすでに土台となる石を用意されています。再建のために民はコツコツと小さな力を合わせて努力しますが、それはただ神の霊によって、大能の主によって完成される事業なのです。
 そして親石、隅のかしら石は、人々からは見捨てられたけれど「神にとって選ばれた、尊い、生きた石」であるキリストにほかなりません。
 主が私たちの手のわざを祝福してくださるのです。ハレルヤ!

「武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって、と万軍の主は言われる。……誰が初めのささやかな日をさげすむのか。ゼルバベルの手にある選び抜かれた石を見て喜び祝うべきである」(ゼカ4:6,10)
(元旦礼拝メッセージより抜粋)

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