父母を敬う
父母を敬う
あなたの父母を敬え。
あなたの神、主が命じられたとおりに。
そうすればあなたは、あなたの神、
主が与えられる土地に長く生き、幸いを得る。
(申命記5:16)
父母を敬っていますか。
すでに両親、あるいはどちらかが亡くなった方にもお聞きします。
敬っていましたか。
これはモーセの十戒のなかの一つ、大切な神さまのいましめです。
そしてここには一切の条件がありません。
立派な両親であれば
優しい親であれば
尊敬できるような父親であれば
あなたを愛してくれる母親であれば
というのではありません。
あなたの両親だから、無条件に敬いなさいと言われるのです。
そしてそうするならば、幸いを得るとあります。
ここに幸せの秘訣があるのです。
父を天に送ってから、早や11年が過ぎました。
牧師として地味な歩みをコツコツと続け、生涯貧しくても喜んで主に仕えた人でした。
人から尊敬されていましたが、わたしは多くの部分を批判的に見ていました。
ふだんはとても優しい父ですが激しやすいところがあって、怒りのボタンみたいな触れてはいけないところに触れてしまうと大変なことになります。
いま思えば、若いころに父親を亡くし、母親と大勢の弟妹を養うという重荷を負いました。幼いころには一時、母親が幼い弟だけを連れて韓国に帰国してしまうという悲しい経験もあり、心には傷がたくさんあったのだとわかります。
でも子どもの頃は理解できないので、父のことをなぜあんなにカッとなるのだろうと裁いていました。
人を裁くな。
あなたがたも裁かれないようにするためである。
あなたがたは、自分の裁く裁きで
裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。
(マタイ7:1-2)
しかし、あろうことかわたし自身も同じ性質を持っていて、人を傷つけてしまい、また人からそのことで裁かれてしまっていたのです。自分の傲慢さを悔い改めました。そして父を心から敬うようになりました。
残念ながら、両親に愛されなかった。
ひどい親だった。
いやな思い出しかない。
そういう方もおられるかもしれません。
あるいは親のああいうところだけは真似したくない、尊敬できない、という方もいらっしゃるでしょう。
それでも神さまは敬いなさいと、それがあなたの幸せにつながると言われます。
どういう親であれ、親がいなければあなたはこの世に存在しませんでした。
そしてその親を与えたのは、神さまです。
両親を敬わないことは、神さまを敬わないこと。ひいては自分の存在を否定することにもつながります。
自分自身を愛して、自分の人生を肯定的に受け容れることが、幸せに生きることにつながるというのは、誰にでも理解できることだと思います。
そしてこのことは、両親を敬うこととつながっています。
すでに親が亡くなっていても、遅くありません。
悔い改めて新しい出発をしましょう。
【祈り】
愛の豊かな神さま!
今朝のマナをありがとうございます。
あなたは父母を敬いなさいと言われました。
しかしわたしは父(母)のこの部分はいただけないと、心のなかで裁いていました。
おゆるしください。
あなたが与えてくださった両親を感謝し心から敬いたいと思います。
主イエス・キリストのみ名によって祈ります。
アーメン!
(メールマガジン「まな・Toyonaka」20171026より)